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神戸地方裁判所 昭和55年(わ)808号 判決

主文

被告人深見及び被告人矢野をそれぞれ懲役五年に、被告人佐々木を懲役二年六月に処する。

被告人佐々木に対し、未決勾留日数のうち五五〇日をその刑に算入する。

訴訟費用中、証人田中秀雄に支給した分は被告人深見及び同矢野の、証人打越司及び同今村理に支給した分は被告人三名のそれぞれ連帯負担とする。

理由

(罪となるべき事実)

被告人深見、同矢野の両名は、いずれも鮮魚・冷凍食品の輸出入及び販売、船舶の売買等を事業目的とするゼネラル物産株式会社(本店大阪市大淀区豊崎五丁目八番二号扶栄ビル。以下ゼネラル物産という)の代表取締役をしていたもの、被告人佐々木は、乙種機関長の海技免状を有し、短期間同社に雇われて同社の船舶の回航に従事したことから被告人深見、同矢野と知り合つたものであるが、被告人深見、同矢野において、ゼネラル物産が抱えていた多額の負債を解消するため、同社が購入することとなつた汽船第三伸栄丸(総トン数258.83)に船舶回航保険をかけ、海難事故を装つて故意に沈没させたうえ保険金を騙取しようと企て、昭和五四年七月二九日ころ、同船の機関長として被告人佐々木を雇い入れるとともに、同人に対し、右意図を打ち明けて沈没行為の実行方を依頼し、同人も承諾してこれを引き受け、ここに艦船覆没、保険金詐欺の各共謀を遂げたうえ、

第一  被告人深見、同矢野において、ゼネラル物産が同船を輸出するためアメリカ合衆国アラスカ州スワード港へ回航するとして所定の手続や諸準備を終えるや、同年八月二二日、同社所有の日本船舶である同船に機関長である被告人佐々木及び新たに雇い入れた情を知らない船長打越司ほか四名を乗り組ませて静岡県焼津港を出航させ、同船が本州沿いに北上して針路を東に転じた後、一旦補給の必要から北海道釧路に寄港することとし、同月二五日午前一時四〇分ころ、同港に向け推測北緯四〇度四〇分、東経一四四度二五分付近の公海上を航行中、被告人佐々木において、沈没を実行し、かつ、人命の救助を受けるには自己が当直で、操業中の漁船の灯火が視界に入るこの機会をおいてはないと決意し、当直勤務中の同船機関室において、主機冷却水ポンプ用船底弁(キングストン・コツク)のコツク押えを所携のモンキースパナで取り外し、同コツクを引き抜いて海水を船内に浸入させ、よつて、同日午後七時四七分ころ、北緯四〇度二五分、東経一四四度一九分付近の公海(青森県八戸東方)において、同船を海中に沈没させ、もつて人の現在する艦船を覆没させ、

第二  被告人深見、同矢野において、保険金騙取の意図を秘し、右第三伸栄丸の出航前にゼネラル物産の名義で英国の保険会社であるノーザン・アシユアランス社との間にその代理店コーンズ社を介して同船につき保険金額六二万七、〇〇〇米ドルの静岡県焼津港からアラスカ州スワード港までの船舶回航保険契約を締結したうえ、右浸水事故発生の知らせを受けるや、直ちにその旨を右コーンズ社に通知し、同月二六日、事故調査のため青森県八戸市を訪れた同社東京支店の係員に対し、被告人佐々木において、自己の過失により前記コツク押えが外れた旨虚偽の説明をするなどしたうえ、同年九月四日ころ、大阪市西区西本町一丁目一三番四〇号所在のコーンズ社大阪支店において、被告人矢野が同支店保険部本部長松添正孝らに対し、前記第一の事情を秘し、「第三伸栄丸は、主機冷却水ポンプ用船底弁(キングストン・コツク)を調節するためコツク押えを締めていたボルトをゆるめたところ、水圧で右ボルトが抜けてコツク押えが外れ、同時にコツクが飛ばされて浸水を始め、排水に努めたが、沈没した。」旨虚構の事実を申し向けて前記保険金の支払を請求し、その後も被告人矢野、同深見が面談、電話等により早期に支払うべき旨督促を繰返した後、右松添らが同船の沈没原因に不審を抱いて保険金の支払に難色を示すや、更に同月二二日ころから同年一一月二八日ころまでの間、右コーンズ社大阪支店及び前記ゼネラル物産において、被告人矢野、同深見が数回にわたり直接、または電話で繰返し、右松添らに対し、保険金支払までの代替措置として所定の方式により保険金相当額を無利息・無担保で貸し付けるべき旨請求し(ローンホーム方式と称し、貸付後、保険事故発生原因が保険契約者の故意に基づかないことが判明した時点、あるいは六か月が経過した時点で、自動的に保険金支払に移行する)、同人らをして、沈没が故意によるものであることを明らかに立証できない以上、保険会社として少なくとも右保険金相当額の範囲内で右方式による貸付請求に応ずべき義務があるものと誤信させ、よつて、同年一二月七日、香港上海銀行東京支店におけるノーザン・アシユアランス社の当座預金口座から大阪市北区角田町八番四七号所在の住友銀行梅田支店におけるゼネラル物産名義の当座預金口座に金一億五七三万七、四〇〇円の振込入金を受け、もつて貸付金名下にこれを騙取し

たものである。

(証拠の標目)〈省略〉

(弁護人の主張に対する判断)

一艦船覆没につき刑法適用の有無

被告人佐々木の弁護人は、判示第一の艦船覆没につき、第三伸栄丸の覆没場所は公海上であるから、刑法第一二六条第二項(艦船覆没罪)が適用されるためには、当時同船が刑法第一条第二項にいう日本船舶であつたことを要するところ、同船は、昭和五四年七月三一日、ゼネラル物産が静岡県焼津市内の船舶ブローカーから買い受けたうえ、同日ころ、アメリカ合衆国アラスカ州所在のマリーン・プロダクツ会社(以下マリーン社という)に売り渡す契約をしたものであつて、その所有権は右売買契約の成立時点でマリーン社に移転しているから(法例第一〇条、民法第一七六条)、同船は本件覆没当時既に日本船舶ではなく、被告入らは無罪である旨主張し、被告人深見、同矢野の弁護人も、右同趣旨のもとに結論として判示第一の艦船覆没につき被告人らの公訴を棄却すべき旨主張するので、以下検討する。(なお、一件記録によれば、被告人深見、同矢野は本件事犯後日本国内から離れたことはなく、被告人佐々木も本件事犯後一且インドネシアへ出国したものの、昭和五五年七月一一日に帰国して逮捕されて以降、日本国内に在住しているのであり、被告人三名は我国の刑事裁判権に服すべきことは明らかであるところ、公訴棄却の判決を求める弁護人の前記主張は、刑法の場所的適用の範囲の問題と刑事裁判権の問題とを混同しているものであつて、そもそも採りえないものである。)

1  判示第一で認定したとおり本件艦船覆没は日本国外である公海上で行なわれたものであり、刑法第一二六条第二項(艦船覆没罪)を適用して処罰するためには、刑法第一条第二項により当時第三伸栄丸が日本船舶であつたことを要する。右にいう「日本船舶」とは、日本の国籍を有する船舶を指称し、その要件については船舶法第一条が規定しているところであつて、ゼネラル物産が同条第三号にいう「日本に本店を有する商事会社(株式会社)で、かつ、取締役全員が日本国民であること」との要件をみたしていることは前掲関係証拠に徴し明らかであるから、同船が同会社の所有に属する限り日本船舶に該当することは特に論ずるまでもない。

2  前掲関係証拠によれば、被告人深見、同矢野は、先にアメリカ合衆国アラスカ州においてゼネラル物産の手でサケ、マスの冷凍加工事業を営むことを計画したが、日本企業では許可を受けられないことが判明したため、同州内に同国人も参加させる法人設立の必要に迫られ、被告人深見が同州内を出張中に知り合つたコーリン・エム・ミユーラーなる女性を代表取締役として昭和五四年六月同州法に基づきマリーン社を設立し、日本人としては被告人深見とその知人である西川千潯が取締役に就任したこと、ゼネラル物産は、同年七月三一日、静岡県焼津市の船舶ブローカー満静商会こと増田哲男から第三伸栄丸を代金一、七〇〇万円で買い受けたところ、更にそのころ、同月三〇日付で、これを同社からマリーン社に代金五七万米ドルで売却する旨の契約がゼネラル物産の代表取締役である被告人深見とマリーン社の委託代表取締役なる資格の右西川との間に締結されたことが認められる。

右ゼネラル物産、マリーン社間の売買契約については、右売買契約の際、既にゼネラル物産の代表取締役である被告人深見、同矢野において海難事故を装つて同船を沈没させたうえ保険金を騙取する意図を有し、被告人佐々木とも共謀を遂げていたのであつて、そもそも真に売買する意思があつたかどうか極めて疑わしく、そのためか事前はおろか、同年八月一三日に至つても、右両名からマリーン社の代表者コーリン・ミユーラーに対し、右売買につき何らの連絡もとられていないなど、極めて不審な点が見受けられ、また、右西川がマリーン社を代表して右契約を締結する権限を授与されていたかどうかも明らかでなく、これらに照らすと、そもそも契約として有効に成立したかどうか甚だ疑わしいところである。

しかしながら、先に昭和五四年五月三〇日の第一一親和丸についての右両社間の売買契約の際には、マリーン社の取締役の地位にある右西川が同様に同社の委託代表取締役の資格で契約を締結していることが認められ、後日特段トラブルを生じたような形跡もなく、同人においては、第三伸栄丸について被告人深見と通謀したとか、同被告人の内心の意図を知つていたとかの事実を認めるべき証拠もないから、一応本件売買契約自体は有効に成立したものと前提せざるを得ない。

3  そこで、右売買契約による第三伸栄丸の所有権移転の有無について考えるに、本件は国際間の売買であるから、準拠法、すなわち、どの国の法律によるべきかが問題となるが、法例第一〇条によれば、動産及び不動産に関する物権その他登記すべき権利は、その目的物の所在地法による旨規定されているところ、船舶については、現実的所在地の法をもつて準拠法とすれば、常に変動して安定を欠くため、船舶の登記地法をもつてこれに代えるべきものと解するのが相当である。従つて、第三伸栄丸の場合、船舶登記のなされている日本法が準拠法であるが、わが国では船舶所有権の譲渡は当事者間の無方式な合意によつてなしうると解されており(石井照久・海商法一二八頁等)、所有権移転の時期は民法第一七六条により律せられることとなる。そこで売主の所有である特定物の売買においては、その所有権の移転が将来になさるべき特約がないかぎり、買主への所有権移転の効力は、直ちに生ずると解すべきが原則ではあるが、民法第一七六条を更に検討するならば、同条は当事者の意思表示、すなわち売買契約の内容次第で所有権移転の効力発生時期も決まることを意味するから、本件においても当該法律行為全体を解釈することによつて所有権移転時期を決すべきものと思料する。

4  そこで、これを本件について検討する。

(一) ゼネラル物産とマリーン社との間の第三伸栄丸の売買契約書である昭和五四年七月三〇日付のメモランダム・オブ・アグリーメント(社団法人日本海運集会所制定の書式。「船舶売買契約覚書」と訳される。以下、覚書とのみいう。昭和五五年押第三五五号の二中の同書面)には、所有権の移転時期を特に明確にする趣旨の条項は見当らない。

そこで、右覚書の条項をみると、第二条で売買価格は金五七万米ドルとされているが、買主が履行の保証として代金額の一〇%の預託金を支払う旨の第三条は全部抹消され、第四条のうち、残額の支払確保に関する字句(本船の引渡予定日の……日前までに送金するか、または取消不可能信用状を開設する)も抹消されてただ残額を一二〇日後払為替手形で支払うと記載されているに過ぎず、証拠上右為替手形が授受された形跡もない。また、第六条により本船の引渡場所はアラスカとされているが、第五条において、売主は、本船引渡時に、債権・抵当権及び海上先取特権の一切ないことを明記した公証人により適正に証明された売買証書等の証書類を買主に提供することと規定されており、本船の無瑕疵の所有権の移転を明らかにするため、右内容の売買証書が売主から買主に提供される趣旨と解される。

更に、右覚書の第一〇条には、本船及びその属具一切は、本船が買主に引き渡されるまでは売主の危険と費用にある旨第一三条には、買主は新所有権の下で本船を運航させる前に船名を変更し、フアンネルマーク(煙突マーク)を改めることを約する旨それぞれ規定されている。

(二) 右覚書第二条にはシー・アイ・エフ・アラスカと書き込まれているが、これを契約内容に盛り込むに至つた理由について、被告人矢野の検察官に対する昭和五五年七月三〇日付供述調書に、第一一親和丸の際には、建値を『エフ・オー・ビー』すなわち『輸出港本船積込渡値段』としていたのを、第三伸栄丸においては、被告人深見の指示で『シー・アイ・エフ』すなわち『目的地渡』にしたのであるが、これは、『エフ・オービー』だと、出港と同時に売主側に責任がなくなり、したがつて回航途中で船が沈没した場合、買主側が危険を負担するので、保険金の受け取り人について問題が生ずるため、第三伸栄丸の場合、保険金を取得しやすくするため、『シー・アイ・エフ』とすることにしたと思つた旨の記載がある。

(三) 船舶取引においては、引渡し・代金の支払をもつて所有権移転の時期とするのが実務家の意識・慣行であるとされており(国領英雄・海運経営実務講座第四巻一四七頁)、前記社団法人日本海運集会所制定のメモランダム・オブ・アグリーメントの編纂委員をしていた証人菅明典及び同集会所仲裁副委員長である証人今村理の両名とも、右に沿う証言をしているところ、本件覚書第一五条には本覚書より生じる一切の紛争は同集会所による仲裁に付託され、その仲裁判断が最終のものとして両当事者を拘束する旨規定されており、所有権移転時期を含め本件売買契約より生ずべき紛争についても海運実務を重視した解決が予定されている。

(四) 右(一)ないし(三)を総合すると、第三伸栄丸についての本件売買契約の内容として、同船の所有権は本来同船がアラスカに到達して引渡がなされた時点で買主マリーン社に移転するものと解するのが合理的な解釈というべきである。

5  右認定に関連する他の証拠関係について更に検討するに、

(一) 第三伸栄丸についてのビル・オブ・セイル・オブ・アンドキユメンテツド・ヴエセル(「無登録船舶売却目録」と訳される。検甲79号中の同書面)をみるに、これは証人菅明典、同今村理の各証言によれば、前記4(一)の売買証書に該当する書面であつて、極めて重要な意義を有するものであるが、被告人深見は、前記4(一)の売買契約書たる覚書には第三伸栄丸の売買代金額として五七万ドルの記載があるにも拘らず、本書面を作成するにあたつては、同船の代価を単に一〇ドルとその代償物とのみ記載し、しかも前記4(一)に記載の通り、公証人による公証を要するにも拘らず、それを確認することなく結局アメリカ合衆国副領事の認証を受けているにすぎず、本書面の重要性を考えると、そもそも真に第三伸栄丸の所有権を移転する意思を有していたのかさえ疑われるところであつて、本書面の性質上からも、本件売買契約成立の時点で第三伸栄丸の所有権がマリーン社に移転したとする根拠とはなし難い。

(二) 次に、弁護人は、第三伸栄丸について発行された米国副領事作成のサーテイフイケイト・オブ・アメリカンオーナーシツプ(「米国人所有船舶証明書」と訳される。検甲79号中の同書面)をとらえて、仮国籍証書と同様の機能を営む旨強調するが、海上保安官徳永軍一作成の捜査報告書によれば、弁護人主張のような仮船舶国籍証書に当るものではなく、また契約書の作成の真正を確認するだけで、その実体について審査せずに発行されるものであるというのであつて、結局、これをもつて弁護人主張のマリーン社への所有権移転を裏付けるべき根拠とはなし難い。

(三) また、弁護人は、第三伸栄丸の通関手続の際、アメリカ船籍の船舶としての取り扱いを受けた点を指摘するが、証人今村理の証言によれば、税関において、プロトコール(船舶受渡協定書)、契約書、ビル・オブ・セイルの各内容の照合を怠つた疑いがあり、そのため右のような通関に至つたと推測され、税関の誤りであつたとしか考えられないというのであつて、首肯し得ないわけではなく、これをもつて直ちにアメリカ船籍取得の根拠とすることはできない。

(四) 更に、被告人深見、同矢野の弁護人は、第三伸栄丸について、日本においては昭和五四年八月一三日、アラスカにおいては同年六月二七日にそれぞれ公証人の認証を受けた仮国籍証明書が存する旨主張するけれども、取調済の証拠中にこれらは存せず、他の証拠と混同している疑いが強い。

6  以上に検討したように、第三伸栄丸は本件覆没当時ゼネラル物産所有の日本船舶であつたものと認めるのが相当であり、従つて、公海上を航行中の同船内で行なわれた犯罪についても当然刑法が適用されるから、既に日本船舶でなかつたとする弁護人の主張は採用できない。〈以下、省略〉

(髙橋通延 安井正弘 以呂免義雄)

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